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2010/05/11

今日のEBt。テーマ「リンク」。

今日もEBtについて語ります。今日はリンク。

リンクを、何のために使うか?ということは、EBt を使う時に一番最初に越えなければいけないハードルだったりします。

で、これについて私が言いたいことは一つ。「深く考えるな」。

どうやら、小さい時から訓練されている影響なんじゃないかと思いますが、分類というのがどうしても頭の中に浮かんでしまう人が多いように思います。もちろん、リンクを使って分類することも出来ますが、分類を必要以上に意識する必要はありません。

EBtのリンク構造は、分類するためだけのものではありません。リンク構造は、単純なつながりを表現するものだと思って下さい。分類をしようと思うと、その時点でまた発想が阻害されます。

単純に、関連するものをつなぐだけで良いんですよ。EBtは。もちろん、分類したければすればいい。でも、分類するだけだったら、EBtを使う必然性はあんまり無い。もちょっと先を狙いましょう。狙う先は、分類では表現できない情報のつながりです。

たとえば、私のEBtでの作業は、主に「今日のメモ」を中心としています。今日起きたことは、すべて「今日のメモ」にリンクします。買い物メモ、出来事、思いついたこと、などなど。全部、今日のメモにリンクしています。これはつまり、後日、「その日」をキーワードにして「その日に起きたこと」を連想出来れば、EBtのリンクの目標はほぼ達成できています。

もちろん、「買い物メモ」には、更に色々リンクが張られますよ。たとえば文庫本を買ったとしたら、「本(文庫)」という分類的なメモにもリンクを張るし、「作家名」メモにもリンクを張る。すると、それだけで、買った本のデータベースや、作家からたどることが出来る本のデータベースができあがる。後日、本の感想などもリンクを張るだろうし、リンクはどんどん広がっていきます。

私は、いわゆる普通のDBが嫌いです。テーブルを定義して、SQLで呼び出して…というのが、DB管理において確立された手法であることは重々承知しています。でも、私は嫌いなのです。

何故嫌いか?それは、DBを定義するのが嫌なのです。だって、これからどんなデータが入ってくるかわからないものをあらかじめ定義なんてできっこないし、したくもない。DBを定義するのは、これからの思考を型にはめてしまうことだと思います。だから、定義なんてことはしたくない。

更に個人的な主張が続きますが、システムの都合を、さも当然の制限のように受け入れる風潮があるように思うんですよ、私は。私がDB嫌いっていっても、「でも、DBってそういうものでしょ?」といわれると、私はとても残念な気持ちになります。そういう発想をしている間は、新しいアイデアなんか浮かばない。そう思うわけです。

私はファイル名なんてものも嫌いなんですよ。何で同じファイル名があっちゃいけないの?そんなのシステムの都合でしょ?何でユーザーに押しつけるの?なんて思います。以前、こんな話をしたら「同じファイルが複数あったら区別が出来ない」といわれたことがありますが、これ、完全にシステムよりの発言なんですよね。ファイル名をユニークIDとして扱うのは、完全にシステム側の都合なんですよ。そんなものは、システムの奥に隠蔽してしまうべき物で、ユーザーにユニークIDを見せるシステムは駄目だろうと思う訳です。

だから、EBtは、メモの名前のユニーク性は一切求めません。ファイル名はシステムの後ろに隠蔽しました。ユーザーには、ファイル名は見えないし、意識する必要もありません。

実世界だって、同じデータが複数あるなんてことはざらですよね。何でコンピューターで扱い始めたとたんに特別扱いになるんだか。

話がそれたので元に戻しましょう。

リンクは結局何?という話なのですが、「情報のつながり」以外の何者でもありません。つながりに特別な意味を持たせると「分類」になったりするわけですが、気持ちはこんな感じです。

「情報のつながり」⊃「分類」

もちろん、慣れていない人は分類から入ってみるのも悪くありません。しかし、分類しかしないんだったら、もったいないなぁ…と思います。

結局は、頭の中で何を考えているかなんですよ。私は、ツリー状の分類に違和感を感じずにはいられない。あえていうならば、頭の中では分類をしているかも知れないが、それは1種類の分類ではあり得ないと思います。数え切れないほどの分類が頭の中の記憶を縦横無尽につないでいる、そう思います。つまり、これはネットワークであり、リンクになります。

知識をどうやって表現するか?という問題は奥が深くて、私にはとても立ち入ることは出来ません。そもそも知識とは何だ?とか考え出すと、そこには出口の見えない迷宮が広がっているように思うわけです。

EBt のリンクは、知識に関するごく簡単なモデル化をした物です。シンプルであるが故に、色々切り捨てています。切り捨てた分は、使う人が補わないといけないのが辛いんだろうな、なんて思うこともあります。

特化と汎化をここで使うことが正しいかどうかわかりませんが、EBtのリンク構造は、汎化した先にあると思っています。で、通常のアプリケーションは、特化した物が多い。特化した物は、色々具体的になっているので使いやすいが、汎化した物は、自分で概念を構築しないといけないから難しい。なんて思います。

EBt のリンク構造が、知識のモデル化がうまくできているか、実はあまり自信はありません。他にもいいモデル化があると思いますが、私の頭では思いつかないですね。でも、EBtのモデル化は、私の頭の中を表現するにはちょうど良い作りになっています。EBt がそこそこ使われているというのは、この構造がそんなに大外しではない…と思っても良いのかな、と思います。

というわけで、今日はリンクについて話しました。基本、私の話はよく脱線します。今日も豪快に脱線しましたが、まぁ、こんなもんです。


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コメント

>実世界だって、同じデータが複数あるなんてことはざらですよね。
>何でコンピューターで扱い始めたとたんに特別扱いになるんだか。

私の周囲でも、「同姓同名」が2例ありましたから。
1つは生徒名(住んでいる県が違っていたからまあ区別出来た<同じ塾の女生徒)
もう1つは同じ大学の別学部・同学年(全学部での40km遠歩結果張り出しで存在が判明)

分類法での限界は、
*複数グループに属するデータの扱いはどうする?
*そして、その時の判断基準をどう記す?
 (他人の基準だけじゃなく、「過去の自分」の基準も含む)

だから、GMailやFenrirFS(ファイル管理ソフト)
の手法が出てきたのだと思われます。
(単に私がものぐさとも…)

投稿: goya | 2010/05/12 09:59

まぁ、データの管理は永遠の課題でしょうね。
山のような事例から曖昧検索で結果を導き出す人間の脳に追いつくのは、私が生きている間には無理だろうなぁ…

人間の脳と同じ検索機能が実装できれば、きっと、ひらめきも検索で実現できると思う。

投稿: おかだ | 2010/05/14 23:40

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