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2010/03/10

親戚の葬儀に参列して

色々と思うことがある。

悲しい。それは間違いない。でも、ただ悲しいだけではない。

いくつもの思いがあり、それの結果として、悲しいという感情が表に出てきているだけだ。自分の中にある感情は、悲しい以外のものもいっぱいある。でも、それをうまく表現することが出来ない。もどかしい。

葬儀を見ていて思うのは、やはり葬式は生者のためにあるものだということ。死者を弔うのは当然。だが、それとともに、残された生者のための儀式でもある。死んで、それで終わりだとすると、死者はともかく、生者の心は空洞のままになってしまう。その空洞を埋めるための儀式が葬儀であり、供養である。そう思う。

葬儀にまつわるいろいろな風習を見ると、昔の人たちは死者を弔いつつ、死者を恐れていたのがよくわかる。その名残は、棺桶に釘を打ち付ける行為であったり、弔うという行為そのものであったり。今は、そういう恐れはかなり薄れてはいる。でも、無くなってはいない。弔うという行為は、生者のためと書いたが、死者を恐れる気持ちも少なからず入っていると思う。

なんにせよ。

葬儀に参列して、色々と考えてしまった。こういうことを、自分なりに消化できるようになるまでに、あと何人見送らなければならないのだろうか。

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