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2009/06/16

個説/似非法治国家日本

なんとなく、個人の意見を中心に載せるときにはこのジャンルを使おうと思っています。いわゆる社説の個人版。というわけで個説。皆さんご自由にお使いください。

さて。

最近、色々と変な法律が制定されているようです。やり方によっては、どうにでもとれる法律。こういう法律ができることの問題について書いてみたいと思います。

法律はそもそも何のためにあるのか。

実は、法律というのは、為政者が統治をやりやすいように、勝手に作ったルールなのではないか?そう思っています。もちろん、法律以前にも不文律的なものはありました。いや、あったはずです。それは、無いと生活ができない、守らないものは、社会的に抹殺される。そういう生死に関わるものだったと思います。

多分、法律の出発点はそこだったんじゃないかと思います。

でも、法律は、昔から良いように為政者に利用されてきました。でも、生活していく上で守らないといけないルールとしての不文律がベースになっている以上、おおっぴらに反対できない。だから、大義名分を持って権力を振るえる便利なもの。いつの間にか、法律はそう変わっていったような気がします。

これは最近でも一緒。わかりやすい例でいくと、戦争の時の言論を取り締まる法律とか。国家的に、戦争には賛成しないといけないという雰囲気を作り、それに反対するものを一方的に取り締まる。法律が為政者にとって良いように使われた顕著な例だと思います。

最近、これと同じ雰囲気を感じます。

もちろん、別に今戦争をしているわけではない。なので、戦時中のように露骨にやっているわけではない。でも、気がついたら色々と取り締まる法律ができている。

ここで注意してもらいたいこと。取り締まることの目的は何か?ということ。

現在の日本では、犯罪者として警察のやっかいになると、かなりの確率で社会から抹殺されます。少なくとも、会社組織に属している人間にとって、これは致命的。取り締まられても大丈夫な仕事に就いている人なんかほんの一握りだと思います。

つまり、法を犯すことは、かなりのリスクを伴う。現状認識としてこれは皆さん同意できると思います。

そして、法律の適用範囲が、法律で明確に決まっていない。運用する側で恣意的に決めることができる。そういう法律が増えてきているような気がします。これは、為政者側のやりたいように法が適用できると言うことでもあります。

ここでもう一度注意してもらいたいのは、取り締まることの目的。

もちろん、大義名分では、社会的によくないことを抑止すること。この社会的によくないと言うことがミソです。よくないという薄ぼんやりしたものの中に入れることができれば、実は何でも取り締まれてしまうのです。

法律さえ作れば。

で、法律は、一度できてしまうと、なかなかなくすことができません。未だに明治時代に作られた意味のない法律が残っている(らしい)という話もあります。法律をなくすことが難しい理由は簡単。なくすためには、法律を作るのと同じぐらいの労力がかかるからです。

さらに。

取り締まりの口実(これは為政者側にとって便利)を、わざわざ労力を払って無くすわけありませんよね。

てなわけで、どんどん怪しげな法律が増えていき、気がついたら、我々の生活そのものが脅かされている。そんな状態に、今、まさに、入ろうとしている。そう思うわけです。

法律は作ったもの勝ちです。しかも、その法を適用するかしないかは、実は為政者の判断にゆだねられています。いわゆる「目をつむってもらう」ということ。これ、皆さんの身近にもありますよね。で、この為政者側の裁量を増やす、それが、どうとでもとれる不明瞭な法律な訳です。これでやっと先頭で書いた話に戻りました。

取り締まる目的、これもはっきりしてきましたよね。所詮、法律によって定義される正義は体制派側の意見でしかないのです。民主主義だから大丈夫?そんなことを本気で思っている人はいませんよね?民主主義が理想通りちゃんと働いているのであれば、政治家は聖人ばかりになるはずですが。現実はどうでしょうね。

みんな知っているのですが、結局、体制側に利があるから法律ができ、その利を守るがために法律が適用されるのです。体制側=多数派ではありませんよ。そこを良いように誘導されて、体制側=多数派と思わされているのです。

というわけで。

このまま息苦しい世の中になるのはとても嫌なので、個人的に警鐘を鳴らしてみました。みんな、衆愚政策に良いように踊らされていますよ、本当に。

※もちろん、これは個人的な意見です。鵜呑みにはせず、いろいろなニュースを読んで個人で判断してください。政治家になれとは言いませんが、政治に興味を持つのは悪いことではないと思いますよ。

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