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2008/03/12

痴漢冤罪事件は現在の魔女裁判を彷彿とさせる

今日、胸くそ悪いニュースを見た。痴漢の冤罪事件だ。このニュースでわかったのは、証拠も何もなくても痴漢の罪に問えると言うこと。映画「それでもボクはやってない」で、痴漢の冤罪が取り上げられていたが、現実に、こういう問題が報道されると「やはり」と思わずにはいられない。

で、痴漢冤罪事件。これは中世に行われていた魔女裁判と同じだと自分は思っている。魔女裁判では、実際にはいない魔女をでっちあげ(理由は様々だが、魔女が存在しない以上すべて冤罪である)、罪のない一般人を魔女として裁いた。魔女裁判は、社会が未熟だから起きたと思っていたのだが、現代日本でも同じ事が起きている。つまり、日本の社会は中世と同じぐらい未熟だと言うことだ。情けない限りだ。

そもそも法の精神は「疑わしきは罰せず」の筈だ。だからこそ、裁判には時間がかかる。裁判には証拠が必要だからだ。

でも、痴漢はどうだろう。この犯罪には証拠がどこにもない。もちろん、痴漢はいけないことだ。だから、痴漢と罪として定義し、それを罰とすることは必要だ。しかし、法の精神「疑わしきを罰せず」を忘れてはいけない。

※ところで、冤罪を仕掛けた側の罪はどうなのだろう。痴漢と同じ程度の罪に問われなければ現在の法に問題があると思う。

日本は法治国家だ。とはいえ悪法も法と言って法に殉ずる程の精神を持ち合わせている人は少ないと思う。悪法は正さなければならない。それでこそ真の法治国家だと思う。証拠もなく罪に問えるような法が横行していたら、独裁国家と変わりない。今の日本はこんな程度の国なのかと思うと情けなくてならない。

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