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2006/02/20

休んでしまった

どうにも動けなくて会社を休んでしまった。苦しいな。会社に行ってもいかなくても。

どうしたらいいんだろう。

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2006/02/16

近況

毎日会社のトイレで吐いてます。鬱なのかストレスなのかよくわかりませんが。胃の中が空になってからの嘔吐はひたすらにきついです。まだ何か胃から出てきた方が楽。昼飯食べても戻してしまうので食べてません。今度休職したら解雇なのでふらふらになりながら会社に行っています。既に年給を使い果たしたので休むこともできないんで。

会社について、座っているのが精一杯の状況で、とにかく仕事して…いつまでがんばれるんだろう。ま、定年までにストレスで死ぬのは確実だと思うので、あとはいつ死ぬかだな。死ぬまで精神が保てばいいけど。

何でこんなことになったのか。人生やり直せたら楽かもしれないけど、やり直して同じ苦しみをもう一回味わうんだったらやり直せない方がいいな。

ふぅ。

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2006/02/11

不眠

鬱病の症状として不眠というのがあります。私はこの不眠でものすごく悩まされました。というか、未だに苦しんでいます。

不眠。昔、「眠れないなら眠らなければいい。そのうちに眠れるはずだ」ということを言われたことがあります。たぶん、その人にとって、眠りというのはとても自然な物だったんでしょう。でも、不眠になると、その自然な物が自然でなくなります。

最初、眠れないまま朝を迎えるという日がたまーにあるという状態でした。疲れすぎると眠れないのかな?とか思っていました。その時期、むちゃくちゃ仕事していたので。そのうちに、眠れない日が目立つようになりました。そのうちに、熟睡できなくなりました。眠っているのに眠った気にならない。寝てもすぐに目が覚める。その辺から医者にかかるようになりました。(ほかにも毎日のように嘔吐するとかいろいろありましたけど)

最初は睡眠薬を処方してもらうだけで何とかなりました。でも、すぐに睡眠薬は効かなくなりました。そして、薬は徐々に増え、体にかかる負担もどんどん増えていきました。もちろん抗うつ剤も併用。そのような悪循環を経て、仕事を続けることが難しくなり、休職に至りました。色々紆余曲折がありましたが…。(早い話、不眠以外にも色々症状がありましたので)

最終的には、睡眠薬では眠れないので、強制的に脳をリラックスさせる薬(どう説明していいものやら)とか色々併用して何とか眠れるようになりました。今も眠る前に薬は欠かせません。飲まないと眠れないどころか次の日動けないので…。今私から薬を取り上げたらどうなるのかな。下手すると自殺しているだろうな。冗談じゃないですよ。今だって危ういというのに。

これはあくまでも私の例です。鬱と不眠のどっちが先だったのか?それはわかりません。ま、同時進行だったと思います。鬱=不眠ではありませんが、こういう例もあるということを覚えておいていただけたら幸いです。

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2006/02/09

理解されない鬱病

いただいたコメントを読んで思った。あぁ、鬱病のこと、やっぱり理解されていないんですね。人生の価値とか、生きることとか、そんなことを説教されても鬱病の人は困るんですよ。そんなこと、百も承知なんですよ、鬱病の人は。別に甘ったれたこといってる訳じゃないんですよ。わかっているから余計苦しむんです、鬱病の人は。

狂ってしまった方がどれだけ楽か。

ま、鬱病にならないとその苦しみはわからないかもしれません。でも、想像することはできるかもしれません。例えば、1日自由な日があったとしましょう。その日、普通だったら出掛けてみたりとか、色々とやると思います。でも、鬱病の人はそれができません。やる気のありなしではないのです。出来ないのです。どうして?と問われても答えることはできません。鬱病にかかっている本人にも、全くわからないのですから。

健常者の尺度で図れば怠け者でぐーたらでマイナス指向の馬鹿にしか見えないでしょう。でも、鬱病の本人は、そのことをすごく気に病んでいます。なんで自分はこんなになってしまったんだろうと毎日毎日自問自答しています。鬱病だから。理由はわかっています。でも、鬱病に理解を示してくれる人は残念ながらほとんどいません。それはそうでしょう。健常者からは怠け者にしかみえないのですから。理解されない。だから、何とかしよう。そう思い、悩み、苦しんでいます。

理解することは難しいかもしれません。でも、精神論でどうこうできる病気ではないことは、せめて理解してほしい。そう思います。鬱病は立派な病気です。単純に気持ちが落ち込んでいるとかそういう物じゃないんです。

どうすればわかってもらえるんだろう。

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2006/02/07

病気の話

まぁ、私が精神を病んでいるというのは昔からこの blog で書いている。それに、そういう人も今では珍しくない。だから、今から書くことは別段珍しいわけでもないし、大しておもしろいことでもない。鬱病の患者がどのような状態なのか、興味があれば読んでも良いかもしれない。その程度の文章であることをあらかじめお断りしておく。

自分が何をしているんだろうと思うことがよくある。たとえば電車に乗っているとき。こんなにもたくさん人がいるのに、ものすごい孤独感に襲われたりする。何をしているんだろうな、と思う。何で生きてるんだよ自分。意味無いだろう、と。

私は鬱病である。この病気は、直接的には命に関わることはない。ただ単に、心が壊れていく、それだけの病気だ。でも、死に至る病とも言える。壊れていく心に耐えられなくなったら、そこで終わりだ。それを止めるために、薬を飲み続けている。でも、薬を飲んでも治るわけではない。調べればわかるが、薬は狂ってしまった脳内での化学物質の分泌を補うだけだ。基本的には、運がよければ自然治癒することもあるだろうが、運が悪ければ治らないままだ。治るか治らないか、それは賭と同じ。時間がたってみないとわからない。だから、私は今日も薬を飲み続けている。

いつから鬱病になったのか。それはよくわからない。でも、気がついたら、暇さえあれば死ぬことを考えるようになっていた。そして、何もかも億劫になっていった。生きることも含めて。でも、なぜか生きている。それは、誰にでもある、死ぬことへの恐怖があるからに他ならない。たとえば、今ここでちょっと動くだけで死ねるという状況というのは、日常生活でよくあることだ。でも、いざ死のうかというタイミングで恐怖心が頭をのぞかせる。もしかしたら、それは鬱と戦っている自分の脳のささやかな抵抗かもしれないし、まだ自分の心に理性が残っている証なのかもしれない。でも、それがまた自分を追い込む。生き損ない、死に損ないの自分。最低だ。

冷静に考えれば、すでに狂っているのかもしれない。何年も、毎日、死ぬことを考え続けている。生きていることの意味を見失い、あがいている。心に穴が空いている。それを埋めるため、あがいている。たとえば物を買う。買うことで心を満たされるかもしれないから。でも、心は満たされない。だから、ひたすら物を買い続ける。悪循環だ。買っても満たされないことはわかっているのに。

もしかしたら、何か生き甲斐にある物があれば変わるかもしれない。そう思うこともあった。もしかしたら、結婚して、子供でもいれば、違った生き方をしていたかもしれない。でも、それも無理な話だ。平凡だけど幸せな暮らし。そういうこともできない。あまりにも情けない自分。嫌になる。

こんな心理状態を理解してもらおうとは思わない。それは無理な話だ。わかっている。だから、つらい。だから、孤独感に駆られる。だから…

早く狂ってしまいたい。

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